父の本

皆様、こんばんは。
今日も寒いですね。

何時もご訪問にありがとうございます。
今日の記事は燐国について書こうと想っていましたけれど
気が乗らないので他の事を書きます。


父の本
 父は大正生まれ。一時故郷を離れて神戸の町で公証役場に勤務していた。
暫く公証役場を勤めていたが、ある時に召集令状を受け取る。
同僚のO氏から武運長久の願いが込った手紙を胸に出兵した。
昭和21年に日本の地を踏んで帰還した。
 その後、母と結婚して私達を育てて、約4年あまり住宅販売会社に勤めていた父は私が8才頃の時に現世から離れる。
何時も母は、父は聡明で先見の明があり朗らかな人でしたと私達に話してくれた。
 父は優しい人ですが、一度こっぴどく怒られた事がある。私は授業中に教室から抜け出して荒神さんの境内へ行った事があった。その事を先生から知らされた父は説教して「学生は授業中に勉強することが仕事なんだ。」と叱られた思い出。
 その父の本を母は大切に残してくれたのが、写真の本「ひかりの語録」です。

標題の横書きは読み方は右から左に読んでいきます。なお、現在のように左から右に読み方に変わったのは昭和38年ごろと思います。
画像


 この本は初版は昭和21年12月25日、再販が昭和23年8月10日、復古版が23年8月20日と本の終わりに書かれていた。終戦後、米兵や朝鮮人(その当時は南北に別れていない)と台湾人から犯罪被害を受けていた日本人は多くいた情勢下でした。
GHQ統制によって、多くの公的機関では共産党に近い人が登用される中で父は元の職種に戻れなかった。
 また、母も同様で苦労してくれた事に感謝しています。
 貧しい暮らしの中で母方の親戚や父の兄弟の親戚筋ならびの住んでいた故郷の町の人と今住んでいる町の人の助力のお陰で今の私が存在しているのです。
 親戚の皆様のお家や故郷が千代に八千代に繁栄する事を願うばかり今日この頃です。
また、住んでいる町が発展することを願っています。

明日も良い日で有ります様にねがっています。

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この記事へのコメント

2019年01月29日 09:53
こんにちは。

お父様との思い出、大切になさってくださいね。
本も残してくださったんですね。
私も読んでみたいです。
2019年01月30日 08:12
おはようございます。
トトパパ様、コメント有り難う御座います。
何時も経机の上に置いているだけですが、生長の家の谷口雅春が書いた本は旧漢字で書かれているから読みにくいのです。内容は神道や仏教とキリスト教の良い処取りで、宗教家より詩人のとして才能があると感じています。

なお、父はこの団体の白鳩という雑誌の講読者でしたが入信はしていなかったと思います。


2019年02月02日 17:30
こんにちは。
今日は拙ブログにお越し下さいまして
どうもありがとうございます。

私の亡父は明治42年
亡母は大正5年生まれでした。
父方の祖父は京都の出で
外資系ミシン会社の上層部に
居たらしく多才な人でした。

母方の祖父は岩手で教鞭を
とっていたらしいですが
男として一旗あげたい!と
家族をつれ東京に…
亡母いわく、
田舎に居ればよかったものをと。

親の背を見ながら子は育つといいますね。
私も母の苦労を見ながら育ちました。
昔の女性の寛容さや強さには
見習うべきものがあります。
“親の意見と冷酒はあとで効く”
この言葉が染み入るようになった頃
親なる人は現世にはなく…
親の有難味をこちらの記事をお読みして
改めて痛切に感じている今日です。
どうもありがとうございました。

2019年02月02日 23:06
お父様はGHQの「公職追放」の被害者であられたのですね。戦後日本人は歪められた歴史を教えられました。まさに「歴史は勝者によって作られる」ですね。
2019年02月03日 21:41
小枝様、こんばんは。
コメント有り難う御座います。

 そうですね、親達は戦争中や戦後に多くの苦難を乗り越えて私達を育て育てくれて恩は感謝する事ばかりですね。

 私の両親には生前中に充分な恩返しは出来なったけれど、
今を大切に生きて先祖への思慕の思いを持ちつつ、仏壇や墓前で仏様の光に包まれます様に祈っています。

 今後とも貴女らしく生きているならば、ご両親や祖父母も安心して見ているでしょう。
2019年02月03日 21:57
mayflower様、こんばんは。
コメント有り難う御座います。

 GHQの戦前の公務員や教職員は「公職追放」の方針で、元の職場に戻ることは出来なかった事を知ったのは、2008年頃にユーチューブで初めて知ったのです。

 その影響は現在でも色濃く残り、戦後利得者が我が物顔でのさばっています。困ったものです。

 アメリカは日本のやり残した仕事をしなければ、国として再出発は難しい状況です。これこそ因果応報です。

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