2800年前の中津国(日本列島)とインド大陸での2700年前からの動乱期

皆様、今晩は。
何時も御訪問や元気玉並びにコメントを頂き有り難うございます。

日曜日には、お寺の初護摩法要があって家内安全と無病息災を祈願しました。
次は3つの神社巡りをして各家の平安を祈る予定と、西南西へ行く恵方巡りを節分が過ぎてから神社と寺巡りをしたいと思っています。
 もうすぐ節分の豆撒きの時期がやって来ます。豆を撒く時に自己の過ちを反省しながら福は内。鬼は外と唱えながら豆を撒いて家内安全を祈りましょう❗

今日の話題は寒冷期の鬼達の話題です。

古代の日本列島での動乱期
 縄文時代の晩期、中津国(日本列島)では他民族が侵入によって百家動乱期で有ったと魏誌和人伝に記されている。
 魏の国の魏誌には倭人(呉国の国史でも縄文人の子孫を蔑視した呼称)について記された時代より昔には、日本列島で花開いた縄文文明は1万6000年前から2800年前(一説には2300前)までの期間に地震等の天災が幾度かあったけれど、争いがない平和な文明だった。
 その後、2800年前に青銅器を使う一族は日本列島へ侵攻して各地で紛争が勃発して百か国になった。其の情勢をユーラシア大陸の魏という国に伝えたのは邪馬台国の使者であった。
 尚、魏という国は呉の国を破り、その以前の王朝の歴史書に書かれていた倭人について参照して、日本列島の国々の様子を一部書き換えていると思われる。
 其れは前の王朝の歴史を改竄して自国の正当性を謳うのは、アジア中原地域で起こる国の定めであり、いわゆる歴史は勝者によって創作されていますので、日本の歴史も例外ではないと言えます。

古代のインド半島の大陸での動乱期
 バラタ族(インドの先住民)の吟遊詩人達が2300年前から1800年前の期間に代々語り継いだ「マハーパーラタ」の18篇10万頌(まんじゅ)の内、「マールカンデーヤ篇」には1900年前の異民族による蛮行や残虐についての詩が残されている。
 マールカンデーヤ仙人はカリ・ユガ(闘争世代)の惨状を【外来の野蛮人どもは、至るところで殺人・略奪・暴行の限りを尽くして、そこに繰り広げられた乱暴狼藉は地域住民の間にも浸透し、其のような乱れた各地では人々が全て敵対しあい、互いに憎しみ、傷つけ、盗み、奪い、殺戮を繰り返す、財や食を強奪し合って、すでにあらゆる徳も、人間性までも失われた。】と北インドから始まった動乱の模様を詩で残している。【参照資料の「バウッタ・佛教」から大乗佛教の成立という章から抜粋しています。】

3800年前から2700年前の頃は寒冷期だったようで、民族の大移動による悲惨な紛争が地球上の各地域で続発したようです。
また、1000年前の前後でも同じ様に寒冷期には、遊牧人のゲルマン人やモンゴル人の祖先が各地域で紛争を起こした。
其の影響は、日本列島の住民も受けている。
其れは対馬・壱岐・北九州並びに東北までも元寇の攻撃で被害者が出ていた事を歴史書に残っています。その他にも元寇から逃れてきたアイヌ人もアムール地域からサハリンや北海道に渡って来たのです。
此のように過去の出来事は教訓として対処する方法論として国連が有るのですが、上手く機能していないのです。
西洋文明の没落が始まる序告は始まっている?
アフリカからヨーロッパへ、中南米からアメリカへ住民は移動しているのは過去の悲惨事態の再現に成らない事を祈っています。
是非、貴方も祈りましょう‼

資料編
※インド半島の大陸にアーリア人が侵入した時期は諸説があって、【世界の宗教と経典総解説】という本のヒンドゥー教の章によればインダス文明(ハラッパー、モヘンジョ・ダロの都市が存在していた時期)が消滅した時期の3500年前(紀元前1500年)の前後に侵入した説。【もう一度学びたい世界の宗教】という本では3800年前(紀元前1800年)にインダス文明が滅びる以前にインド北西に侵入した説。なお、3000年前にはインド大陸の半分の地域に支配地域を拡げて原住民を支配方法としてカースト制度を創る。
【バウッタ・佛教】という本では2700年前にイランのアカイメイネス王朝がインダス川領域まで支配地域を治めていた。それより以前から始まったアーリア人の侵攻していた説も参照。
※1800年前の前後でも鉄器を使い日本列島の豪族を制圧した種族が古墳を奈良や大阪辺りで創り上げ、その他の豪族にも古墳を造るのを許可して全国で約3万基の古墳が存在している。
※「歴史読本昭和61年8月号」には、東北での元寇の被害は津軽地方の歴史書「東日流外三群誌」に記されています。東日流外三群誌(つがるそとさんぐんし)は全360余巻の内、虫食いで解読不能な巻物を除いて解読可能な百余巻にもう一つの日本について「日の本(日高見国)」=イヤマト(大倭)日高見国の歴史を書かれていた..
その後に津軽北部の日本海側に湖口がある13湖内の港で栄華を誇る安東氏が栄えていた。対元寇戦に北条幕府から出征依頼を受けて安東水軍は村上水軍と松浦水軍と共に高麗水軍・元寇水軍と戦った。
尚、アイヌについては昭和61年当時でも考古学者や言語学者では先住民説は否定的な学者が多かった。
それは、話す文法がアイヌ語は英語などと同じであり、日本語の話す文法とは類似性は見当たらない事。土器の違いでは、縄文土器から擦文土器に変わった渡島(北海道)や東北地方なのにアイヌ土器は製法などの関連性がない為に東北人とは違う人種と結論されていた。
注 イ=弥榮↔神の意によって栄える事象の言霊。ヤマト=マト↔まこと道が完成した中心、ヤ↔神の意を行って実体化の事象、ト=神の事象が揃い完成を顕す。結えにイヤマトとは、神の本質を識って誠の言葉と真の行いで物質界に神の思いを実体化する事を意味しています。
KIMG0076.JPG
歴史読本の昭和61年8月号です。

下記のリンクは喩え噺の歴史について書いています。もしも興味がある方は過去にブログ記事を見てください。

以上、長々とお読み頂き有り難うございます。
明日も平穏な時が流れます様に願っています。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 19

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2020年01月27日 09:36
こんにちは

縄文時代、日本は他民族から責められてたんですか。
ユウキ・コバ
2020年01月27日 22:43


>トトパパ様、今晩は。
コメント有り難うございます。

縄文時代後期の歴史について「東日流外三群誌」よれば2715年前に(紀元前695年)邪馬台国270代目の王位に安日彦が就いて五畿七道を治める。
2692年前(紀元前672年)に日向国の和三毛淳命王に安日彦・長髄彦の一族破れて大倭(奈良)から日高見国(宮城から仙台辺り)に退く。
日本書紀には2680年前(紀元前660年)に槇原宮にて神武天皇が即位した。

此のように2つの歴史書を読み解くと、徐福は秦の皇帝から神仙の不老長命の薬を蓬莱山に行って持ち帰るように命じられたのに拘わらず、日本列島に留まった徐福のが神武天皇かも知れません。
其の根拠として天照大神は日本書紀や古事記では女神ですが、ホツマツタエや竹内文書並びに東日流外三群誌等は男神と書かれています。尚、ホツマツタエには天照大神には12人の后がいたと記されています。
話し半分と聞いてください。

なお、考古学的にも縄文後期と弥生時代が重なる時代には埋葬された人骨に武器による傷が残っていますので、戦乱の時代だったようです。